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広島地方裁判所 昭和45年(ワ)1245号 判決 1973年5月18日

原告

佐々木ミツコ

ほか四名

被告

岩井敏数

主文

一  被告らは各自原告佐々木ミツコに対し金一六万二九二二円、原告佐々木英六、同佐々木伸子、同佐々木繁子、同佐々木邦子に対し各金八万一四六一円及び右各金員に対する昭和四五年五月三〇日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求はいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その九を原告らの負担とし、その余は被告らの負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告佐々木ミツコに対し金四〇一万七八一五円、原告佐々木英六に対し金二〇七万五九六一円、原告佐々木伸子、同佐々木繁子、同佐々木邦子に対し各金一八七万五九六一円及び右各金員に対する昭和四五年五月三〇日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

訴外亡佐々木孝行(以下「亡孝行」という。)は、次の交通事故(以下「本件事故」という。)により外傷性頸椎症、腰部捻挫の傷害を受け、昭和四四年五月二九日死亡した。

(一) 発生日時 昭和四三年一〇月一日午前九時四〇分頃

(二) 発生場所 広島市祇園町西原国道上

(三) 加害車 小型貨物自動車(広島四せ二三一〇)

運転者 被告岩井

(四) 被害車 軽四輪トラツク(広島か七四〇)

運転者 亡孝行

(五) 態様 通路左側に停車中の被害車に加害車が追突した。

2  責任原因

被告らは、次の理由により本件事故によつて原告らに生じた後記損害を賠償すべき責任がある。

(一) 被告渡辺は、加害車を自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任。

(二) 被告岩井は、事故現場で一時停車中の被害車の右側方を追越すべく進行していたバスを追越ししようとしたのであるが、かかる場合には、先行車たるバスが被害車を追越した後にバスの右側を追越すとともに、前方を十分注視して進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然とバスの左側を追越すべく進行した過失によつて道路左側に停車中の被害車に追突したのであるから、民法七〇九条による責任。

3  損害

亡孝行は、前記傷害を受け、真田外科医院において治療を受けていたが、強度の外傷性頸椎むち打損傷症状が続き、これらの外傷の影響が最大の原因となり前記のとおり死亡するに至つた。

以上の損害は、次のとおりである。

(一) 亡孝行死亡までの損害

(1) 休業損害

亡孝行は、本件事故当時、自動車の鈑金、塗装、修理等を営む訴外有限会社佐々木自動車工業所の代表取締役をし、報酬として一カ月金七万円を得ていたところ、前記負傷のため、事故の日から死亡までの八カ月間休業し、合計金五六万円の得べかりし収入を失つた。

(2) 治療費

亡孝行は、前記傷害の治療費として一二万八七六七円を支払つた。

(3) 慰藉料

亡孝行が前記負傷によつて受けた精神的損害に対する慰藉料の額は、金五〇万円が相当である。

(4) 損害の填補

亡孝行の右損害につき自賠責保険より金五〇万円の支払がなされたので、残額は、金六八万八七六七円となる。

(二) 亡孝行死亡による損害

(1) 亡孝行の逸失利益

亡孝行は、大正四年一月四日生の非常に健康な男子であつたから、本件事故に遭わなければ、将来一〇年間にわたつて前記有限会社の代表取締役として稼動し、その間前述した一カ月七万円の収入を確実に得ることができたはずであり、一カ月の生活費は、二万円程度であるから、右期間中の逸失利益につきホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除してその現価を求めると、金四七六万七〇〇〇円((7万円-2万円)×12月×7,945)となる。

(2) 亡孝行の慰藉料

亡孝行が前記負傷に基づく死亡によつて受けた精神的損害に対する慰藉料の額は、四〇〇万円が相当である。

(3) 原告ら固有の慰藉料

原告ミツコは、亡孝行の妻であり、その余の原告らは、同人の子であつて、亡孝行の死亡によつて甚大な精神的苦痛を被つた。これに対する慰藉料は、原告ミツコ、同英六につき各金五〇万円、その余の原告らにつき各金三〇万円が相当である。

(4) 葬儀費用

原告ミツコは、亡孝行の葬儀費用として金三六万五八九三円を支出した。

(三) 相続

原告ミツコは、亡孝行の妻として同人の前記(一)、(二)の(1)、(2)の損害賠償請求権を三分の一、その余の原告らは、同人の子として右損害賠償請求権を各六分の一宛相続により収得した。

4  結論

よつて、被告ら各自に対し、原告ミツコは、前記(一)、(二)の(1)、(2)の合計金九四五万五七六七円の亡孝行の損害賠償請求権の三分の一に当る金三一五万一九二二円と前記(二)の(3)、(4)の合計金四〇一万七八一五円、原告英六は、亡孝行の右損害賠償請求権の六分の一に当る金一五七万五九六一円と前記(二)の(3)の合計金二〇七万五九六一円、その余の原告らは、亡孝行の右損害賠償請求権の六分の一に当る金一五七万五九六一円と前記(二)の(3)の合計金一八七万五九六一円及び右各金員に対する昭和四五年五月三〇日から各支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第1項は認める。

2  同第2項の(一)及び(二)のうち、加害車がバスの左側を追越し、道路左側に停車中の被害車に追突したことは認める。

3  同第3項のうち、(一)の(4)及び原告らと亡孝行の身分関係は認めるが、その余は否認する。亡孝行の死亡は、心臓病によるものであり、本件事故との間には因果関係がない。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

請求原因第1項の事実は、当事者間に争いがない。

二  責任原因

(一)  被告渡辺について

請求原因第2項の(一)は当事者間に争いがないから、被告渡辺は、自賠法三条により本件事故によつて原告らに生じた損害を賠償する責任がある。

(二)  被告岩井について

請求原因第2項の(二)のうち、被告岩井が加害車を運転してバスの左側を追越し、道路左側に停車中の被害車に追突したことは当事者間に争いがなく、その余の事実は、同被告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。右事実によれば、被告岩井に本件交通事故の発生につき過失があつたことが明らかであるから、同被告は、民法七〇九条により本件事故によつて原告らに生じた損害を賠償する責任がある。

三  損害

(一)  まず、本件事故と亡孝行の死亡との間に困果関係が存するか否かについて検討するに、〔証拠略〕を総合すると、次のとおり認められる。

亡孝行は、本件事故によつて受けた前記負傷により事故当日の昭和四三年一〇月一日佐々木外科医院で診療を受け、「頸部腰部打撲症」の病名で翌二日から同月三一日まで同医院に入院し、治療を受けた。亡孝行は、最初、右肩と腰の痛みを訴え、その後、首筋の痛みや頭痛も訴えるようになり、入院中、最初の一週間は寝たままで首の牽引固定をし、その後も牽引治療を施したが、病状は一進一退であつた。亡孝行は、右医院を退院後、同年一一月一日から昭和四四年五月二六日まで真田医院に通院し(通院実日数五六日)、治療を受けた。右治療中の亡孝行の主症状は、頭痛、項部痛、肩胛部痛、両側上肢振せん、視力障害であり、特に項部痛、頭痛を強く訴え、脳波検査の結果によると、低振幅速波型を示し、外傷性神経症によく見られる所見であつた。血圧は正常であり、心臓病を疑わせるような症状もなく、亡孝行の症状は、典型的な頸椎むち打損傷症候群の症状であつた。真田医師は、亡孝行に対し主に高単位ビタミン剤や神経安定剤を投与し、治療を続けたが、症状は、一進一退で著効が認められないまま推移した。亡孝行は、事故当時、自動車の板金、塗装等を営む訴外有限会社佐々木自動車工業所の代表取締役社長をし、同会社の経営に当つていたが、右のような治療にもかかわらず、症状が好転せず、頑固な頭痛が継続し、事故以来、働くことができないためこれを相当気に病んでいた。

亡孝行は、同年五月二六日右医院で診察を受けたが、依然として頭痛が治らないので、次の診察日に再度脳波検査を行う予定になつていた。

亡孝行は、同月二九日午前零時少し前に自宅で就寝したが、同日午前四時頃同室に就寝していた同人の妻である原告ミツコが同人のうなり声で目をさましたところ、亡孝行は、ひきつけを起こし、目をつり上げて口をばくばく開けており、その状態が二、三〇分続いた。間もなく真田医師が駆けつけ、亡孝行を診察したが、同人は、すでに死亡し、死後二〇分ないし四〇分を経過していた。

同医師は、死因を究明するため、遺族に亡孝行の遺体の解剖を勧めたが、遺族の反対により解剖は行われなかつた。

同医師は、亡孝行の死が頓死であつたことから、同人の死因は、心不全もしくは脳溢血等の脳の血行障害以外にないと考え、原告ミツコより聴取した同人の死亡直前の状態及び同人に生前高血圧症その他の疾患を疑わせる症状が見られなかつた点を参考にして、亡孝行の死亡を急性心不全による死亡と診断した。

以上のとおり認められる。右認定を左右するに足りる証拠はない。

そして、〔証拠略〕には、「亡孝行は、本件事故による受傷後、外傷性神経症状態及び頸椎むち打損傷症状が続き、その経過中に急性心不全を発病して死亡したが、外傷の影響が最大の原因となつたと考えられる。」との記載があり、真田医師は、「亡孝行の死亡は、外傷の影響が最大の原因となつた」旨の右診断の医学的根拠につき「事故による受傷と亡孝行の死亡とを直接結びつけることは困難であるが、事故によるむち打損傷後の外傷性神経症状から精神的ストレス状態に陥り、これが心筋硬塞(急性心不全のひとつ)を招いたと考えるのが妥当である。」と証言(第一、二回)している。

右記載及び証言によれば、本件事故と亡孝行の死亡との間に因果関係を認めうるかの如くである。そこで、次に鑑定の結果に照らし、右記載及び証言を採用しうるか否かについて検討を加えてみる。

一般に頸椎むち打症と急性心不全との関係であるが、鑑定の結果によると次のとおり認められる。

頸椎むち打症というのは、頭頸部に急激な加速、減速が働いてむち打様の運動をし、頸部の過伸展、過屈曲、圧迫、ねじれ等が起り、頸椎が損傷されるものであり、その際、頸部の神経、血管、筋肉、靱帯、関節嚢、脊柱、脊髄が損傷され、これらに由来すると考えられる一連の症候群(外傷性頸部症候群、(1)頸部軟部組織損傷症状、(2)神経根症状、(3)椎骨・胸底動脈血行不全症、(4)自律神経症状、(5)脊髄損傷症状、(6)神経症的症状)が出現するものである。

次に、急性心不全とは、心拍停止、心室頻拍、心室細動、心筋硬塞、心臓喘息等の如く急激に心機能障害が起き、心臓が血液を完全に拍出しえない病的状態をいうものである。急性心不全による死亡の原因としては、心筋硬塞、心臓瘤の破裂、大動脈瘤の破裂等の心臓・血管系の破綻によるもの、種々の心疾患(心筋硬塞、冠状動脈硬化症、梅毒性大動脈弁閉鎖不全、ジフテリア等の心筋炎等)が基礎にあつて心拍停止、心室細動を来したもの、或いはいわゆるポツクリ病が考えられるが、亡孝行の場合、遺体の解剖が行われていないので、同人の急性心不全による死亡の原因が右のいずれであるかは断定できない。

そして、頸椎むち打症が心機能に影響を及ぼす可能性としては、(1)頸部交感神経の刺激による場合(右神経が刺戟されると、心拍数が増加し、心臓からの血液拍出量も増加する。)、(2)脳幹にある心臓・血管中枢に対する影響による場合(脳幹の機能障害によつて心臓・血管中枢が影響を受ける。)、(3)精神的ストレスによる場合(絶えず精神的ストレスを受けることによつて心機能に有害に作用する。)が考えうる。しかし、これらの因子のみによつて急性心不全を引き起すことは、極度に強いむち打症で頸椎骨折、脱白により頸髄が挫滅されたり、頸髄の浮腫、出血が起り、呼吸麻痺を来したのに人工呼吸が行われなかつたために心拍が停止し、受傷直後ないし数日中に急性心不全で死亡するというような例外的な場合を除いて、考えることができない。

次に、頸椎むち打症が急性心不全のなんらかの誘因となる可能性があるか否かの点で問題にしなければならないのは、精神的ストレスと心筋硬塞との関係である。心筋硬塞とは、心臓自体に栄養を供給している冠状動脈の本幹または太い分枝が急に閉塞され、冠状動脈の血流が急激に減少するため、その血管により血液の供給を受けている心筋に壊死を生じる疾患であり、その原因としては冠状動脈の硬化に基因することが最も多いが、心臓内に血栓を生じ、これが冠状動脈にひつかかる場合もある。ところで、絶えず不安、苦脳を抱いて精神的ストレスにさらされている場合でも、それのみで心筋硬塞を発症することはなく、精神的ストレスにさらされていない人よりは心筋硬塞にかかり易いのではなかろうかという推測がなされる程度である。

以上のとおり認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

証人真田幸三は、前記のとおり「亡孝行の場合、事故によるむち打損傷後の外傷性神経症状から来た精神的ストレスが心筋硬塞を招いた」旨証言するのであるが、右認定に照らすと、亡孝行の遺体の解剖が行われていないので、同人の死因を心筋硬塞であると断定することは困難であることが認められる。また、仮に、右証言の如く亡孝行の死因を心筋硬塞であると仮定しても、右認定によれば、精神的ストレスのみによつて心筋硬塞を発症することは考えられず、ただ、亡孝行に動脈硬化の如き基礎疾患であつた場合、本件事故によるむち打損傷後の精神的ストレスが心筋硬塞発症のなんらかの誘因になつたのではなかろうかと考える余地が全くないわけではないことが認めうるけれども、それは、医学的に右のように考えうる可能性があるというに止り、そのように推測すべき蓋然性が高いものとは認め難い。

そうだとすれば、〔証拠略〕は、にわかに採用し難いといわざるをえない。

なお、〔証拠略〕によると、亡孝行は、昭和四四年に生命保険に加入する際医師の診察を受けたが、血圧、脈搏とも正常であり、特に異常はなかつたこと、亡孝行は、本件事故前は健康であり、むち打症の治療中にも他の疾患はなかつたことが認められるけれども鑑定の結果によれば、そのことから直ちに本件事故による負傷が急性心不全を来すような疾患の原因となつたと推測すべき医学的根拠は見出しえないことが認められる。

他に、本件事故による負傷と亡孝行の死亡との間に因果関係が存することを認めるに足りる的確な証拠はない。

以上の次第で、本件事故による負傷と亡孝行の死亡との間に因果関係を認めることはできないから、被告らは、亡孝行の本件受傷に伴う損害については、これを賠償すべき義務を免れないが、死亡による損害については賠償責任がないものといわなければならない。

(二)  そこで、次に右受傷による損害額を算定することとする。

(1)  休業損害 金五六万円

〔証拠略〕を総合すると、亡孝行は、本件事故当時、有限会社佐々木自動車工業所の代表取締役をしており、報酬として一カ月七万円を得ていたが、前記負傷により事故当日の昭和四三年一〇月一日から昭和四四年五月二九日に死亡するまでの八カ月間にわたつて休業を余儀なくされ、その間合計金五六万円の得べかりし報酬を失つたことが認められる。右認定を左右するに足る証拠はない。

(2)  治療費 金一二万八七六七円

〔証拠略〕を総合すると、亡孝行は、佐々木外科医院及び真田医院の治療費として合計金一三万五〇八〇円を要したことが認められる。

そこで、原告ら主張の金一二万八七六七円を治療費として認容することとする。

(3)  慰藉料 金三〇万円

亡孝行が本件事故によつて蒙つた傷害の部位、程度、治療経過その他本件にあらわれた諸般の事情を考慮すると、亡孝行が本件事故による負傷によつて蒙つた精神的、肉体的苦痛に対する慰藉料は、金三〇万円と認めるのが相当である。

(4)  損害の填補

亡孝行の以上の損害につき自賠責保険より金五〇万円の支払がなされたことは当事者間に争いがないから、損害残額は、金四八万八七六七円となる。

(5)  相続

原告ミツコが亡孝行の妻であり、その余の原告らが同人の子であることは当事者間に争いがないから、亡孝行の死亡に伴い、原告ミツコは、亡孝行の右損害賠償請求権を三分の一、その余の原告らは、右請求権を各六分の一宛相続したものというべきである。

四  結論

以上によれば、原告らの本訴請求は、被告ら各自に対し原告ミツコにおいて金一六万二九二二円、その余の原告らにおいて各金八万一四六一円及び右各金員に対する本件事故後である昭和四五年五月三〇日から各支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから、これを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高升五十雄)

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